MBA授業:ケーススタディとは

自分の通うIESE Business SchoolやHarvard Business Schoolはケーススタディを積極的に取り入れており、それを1つの差別化要因として打ち出してもいます。私の通うIESEでは1日3ケース×週5日で週15ケースほどを扱います。「会計やファイナンス、 Ethics(企業倫理)、リーダーシップなどもケースで勉強するのか?」と良く聞かれますが、8割~9割程度はケースになります。上述大学のように、ほぼ全ての授業がケースというのはまれですが、一方ケーススタディを一切使わない大学もまれだと思います。さて、そもそもケーススタディとは何なのでしょうか。

概要
教科書的に説明すると、『過去に生じた具体的な経営的判断(ケース)について、当時経営者が有したであろう基礎的資料を参考にしつつ、もし自分がその経営者であればどう決断すべきであったか、を検討・議論する勉強法』とでも言うのでしょうか。


VICTRINOX
まず学生は学期初めや学期中に、ケースが何種類も束ねられた冊子を受け取ります。その中には、コカ・コーラやコダックなどの有名企業のケースもあれば、スイスのナイフで有名なVICTRINOXや町の喫茶店を扱う渋めのケースもあります。ケースは種類・順番ともに、教授が全授業を通じて教えたい内容に基づいて選ばれています。厚さは1ケース2ページ程度のものから40ページのものまでバラバラです。

授業の進み方
学生は授業前にケースを読んで、自論を組み立てて授業に臨みます。授業は、約1時間半程度、教授の指揮のもと学生が持論を主張しあいながら進んでいきます。教授は、適宜生徒の意見に対し、「なぜそう思うのか?」「こういう可能性をなぜ選ばないのか?」といったチャレンジをしてきます。授業の中で学生は自論を再確認したり、欠けていた観点を吸収しながら自論を改善したり、他者の意見に賛同したりして、最終的な経営判断へと導かれます。1つの経営判断にクラス全員が賛同して授業が終わることは滅多になく、多くの場合は議論が割れて終わります。教授の意見に反対し、自論をつきとおす学生も多く見られます。従って、授業後に「結局、どうすればよかったんだ?」とモヤモヤしながら終わることが多々あります。この議論に加わったかどうかで、成績の4割から10割が決まるため生徒は懸命に手を挙げて発言します。しかし、しっかり自分の意見を補強しておかないと、教授や生徒にやっつけられて終わります。以下のような議論がその例です。

A君
「僕は、広告宣伝の第1フェーズとして新商品の無償配布キャンペーンを行うべきと考えます。早期にブランド認知度を上げ、競合他社へ参入障壁を作りあげるのです。キャンペーン後は、市場占有度をてこに、高めの代理店価格を設定して利益を確保します」

教授
「無償配布は、何人に対して行うの?」

A君
「例えば1万人です」
教授
「じゃ、高めの代理店価格っていくら?」

A君
「うーん、1つあたり1万円程度かな」

 教授
「無償配布にかかる〇千万コストは、値上げした商品を何個うれば元がとれるの?」

A君
「すみません、計算してません」

教授
「じゃ、なんで君は無償配布が最終的にもうかると言えるの?無償配布などせずに、代理店にその分安く売ったらダメなの?」

A君
「・・・・・」

教授
(間髪いれず)「はい、B君」

準備
成績の大半が議論への参加で決まるため、準備は欠かせません。中には授業中にケースを読んでタイミング良く発言し、発言回数を稼いだら次の授業のケースを読み始めるというツワモノも居ますが、ケースから何かを得ようと思うならば、準備は必須不可欠です。

ケーススタディは実際の経営陣になり変って物事を考える作りになっているため、ケースを一通り読んでも何が問題なのかさえ分からない場合があります。これは、実際の経営者が自らの力で経営課題を見つけなければならない環境を、学生に疑似体験させるためです。従って、新商品開発やマーケティングプランの作成などは、めざすゴールが明確なため読みやすく感じます。ケース内の情報や付録についている数字なども一見読んだだけでは、何も教えてくれません。自分でいろいろ加工してみたり、仮説を立ててみて初めて「あ、これ使える」って思えるようになります。

このため、「私ならこう判断する。なぜなら〇〇だから」と言えるだけの自論を組み立てるには、無限の時間が欲しくなります。しかし、本物の経営者の時間は有限ですし、時には即断を求められます。そこで教授からは、1ケース3時間程度を上限に予習を薦められます。一方、持論を組み立てる努力なしに授業に参加すると、答えを知った上で解くクイズのようで、答え以外の可能性を真剣に考えずに終わってしまいます。

1年間ケーススタディをしてきましたが、初めは授業後のモヤモヤが、あたかも何も学んでないかのような感覚を与え、好きではありませんでした。しかし、今思うのは、「経営者はみな、このような環境で決断を下している」ということです。答えはこれしかない!というところまで突き詰めて議論していたらビジネスチャンスを逃しますし、現実、唯一無二の答えなど無いのだと思います。「決められた時間で必死に検討し、例え取締役が全員一致してなくても最後は自分の責任で決断する。そして決断が正解だったと言われるよう、徹底的に行動する」ということを学ぶためのモヤモヤだったのだと考えてます。


長所・短所
私なりに長所と短所を考えてみました。


長所
  • 経営者のストレスやプレッシャーをちょっとは疑似体験できる
  • 事象の因数分解から自論への発展について考え方のコツを身につけやすい
  • 数多くのケースを扱うことで、新しい事象に直面した際、過去のケースから類似点を 見つけ出し早期の決断が可能となる
  • 数十人の前で自論を主張するプレッシャーが、勉強に良いプレッシャーを与える


短所
  • ケースは基本的に過去の経営判断を教授が分析した上で生徒に疑似体験させるため、最新の事象を扱ったケースが少ない。特にインターネットやモバイル、バイオの分野は数が少ない上、あったとしても内容が薄い気がします。
  • 教授の指揮と生徒の準備に左右されるため、はずれの教授を引いたとき、生徒のモチベーションが低い時は、授業の質が悪化する。
  • 議論が活発化しすぎたり、点数稼ぎだけを狙った生徒がいると、相手の話を聞かずに自論だけを主張する生徒が出る。「聞き上手になりなさい」と教育を受けてきた日本人にとっては、フラストレーションだけが溜まります。
1年目は、トイレ・風呂・食事の生理現象以外は机に向かい、夢の中でもケースディスカッションをするほど、肉体的・精神的に追いこまれましたが、一回やるととても刺激的で面白いのがケーススタディです。 


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