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出資の基礎知識:その6|基本合意

 今回は基本合意について解説します。 基本合意とは、売手と買手の両社が、該当する株式取引に真剣に取り組む意志を持っていることを示す合意 です。 この段階で、Letter of Intent(レター・オブ・インテント、意向表明書)やMemorandum of Understanding(メモランダム、覚書)を交わすことが一般的です。しかし、これらは意志表明の書類であり、必ずしも必要ではありません。信頼関係のある経営者同士ならば、改めて確認せずとも進めることもあります。また、買手が大手企業の場合、書類作成に時間がかかるため、このステップを省略することも考えられます。 なぜ基本合意が必要なのか 取引には、買手・売手ともに大きなリソースが必要です。 とくに売手は、企業の詳細情報を開示するリスクが伴います 。そのため、詳細な交渉を開始する前に、買手が「真剣に取引を進める意向がある」と確認する必要があります。 「ただの意思表明なら、とりあえず言っておけばいいじゃん?」と思う方もいるかもしれません。しかし、 公式な書類を企業として提出することは「とりあえず」を抑える力 となります。正式な書類に社長や幹部の名前が記載されるため、真剣度を示す重要な手段となります。 なにを基本合意するか 買収価格 取引の条件 支払い方法 独占交渉権 今後のスケジュール 秘密保持 法的拘束力 が、よくある内容です。 買取価格 この段階で価格が確定していることは、めったにありません 。一方で、価格が大きくズレている場合、今後努力を重ねても破談になる可能性が高いです。 このため、将来の無駄を省くためにも、基本合意の段階で「おおよその価格」について合意する必要があります。◯◯億〜◯◯億という幅を持った価格を提示し、「ただし今後の交渉やデューデリジェンスの結果で変わりうる」という表現を差し込むことが多いです。 実際のところ、その後の交渉で価格は変更されます。ただし、おおよその価格とはいえ、アンカリング効果を持ちます。このため、価格の基本合意は最初の難所になります 。 ここでの注意点は、買取価格の定義をしっかりしておくこと です。非上場企業の買収の場合、株式価値なのか企業価値なのかは後で議論にならないようにしておきましょう。 買取の条件 事業提携がともなう資本提携の場合、事業提携が煮詰まることが条件に加わります。

出資の基礎知識:その5|責任者ミーティング

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出資戦略の作成 、 ロング・ショートリストの作成 、 初期コンタクト と進めてきましたが、今回は責任者ミーティングになります。 私が必要と思うステップの一つで、おそらく他のサイトや教科書にはこのステップは記載されていないと思います。責任者ミーティングを行わず、一気に社長間ミーティングということもあります。 では責任者ミーティングとはなんでしょうか? 責任者ミーティングとは、出資チームの責任者と先方の社長や責任者間のミーティングになります。目的は、双方企業内容の理解と出資可能性の確認 になります。 責任者ミーティングの重要性 責任者ミーティングは、双方が出資に真剣な関心を持ち始める段階で設定されます。このミーティングを通じて、出資チームの責任者は案件についての理解を深め、トップ管理職に対して説得力のある説明ができるようになります。また、売り手にとっては、買い手の真剣度を測る良い機会となります。 「はしごの定石」と交渉役の役割 ここで、「はしごの定石」という私が自作した戦略についてご紹介しましょう。この戦略では、交渉の進行に伴い、交渉役Aと交渉役Bの役割が順序立てて変化していきます。最初は部下がハードな提案を行う交渉役Aを担い、上司が妥協を行う交渉役Bを担います。この段階では、交渉役Aが議論を主導し、交渉が膠着した際に交渉役Bが介入して妥結を図ります。しかし、次第に相手方は交渉役Bの方が意思決定に影響力を持っていると認識し始めるため、このタイミングで交渉役Bが交渉のリードを始めます。その後、新たな交渉では、前回の交渉役B(妥協役)が交渉役A(ハードネゴシエーター)となり、その上司が新たな交渉役B(妥協役)として加わります。 はしごの縦の部分が御社と相手の会社、横の段が交渉役のつながりです。はしご(交渉)を登っていくたびに役職があがります。この横の各段において、自社の交渉役を相手の上の役職とつなげられるかが鍵になります。 この戦略の鍵は、交渉の初期段階で、極力相手方の高い役職者に対し、自社の比較的低い役職者を交渉役として配置する ことです。しかし、 これは決して経験不足のメンバーを前線に出すことを意味するものではありません。 出資に関する知識と経験を持ちつつ、役職レベルが低めのメンバーを選定し、交渉のフィールドに立たせることが重要 です。これにより、交渉の度に経験と知識が

出資の基礎知識:その4|リストへの初回コンタクト

出資やM&Aのプロセスにおいて、ロングリストやショートリストの企業との初回コンタクトは極めて重要なステップです。この記事では、効果的なコンタクト方法とその戦略について詳しく解説します。 コンタクト方法の選定 1. コールドコール/メール: コールドコンタクトは効率が低いように感じるかもしれませんが、目的が明確であれば意外と有用です。「出資や協業の可能性を探っています」と明確に伝えることで、良い反応を得られます。 2. 個人人脈経由: 高い成功率が期待できますが、紹介者に負担をかけないように丁寧な対応が必要です。特に、意思決定者に近い幹部から誰かを紹介してもらう場合、相手が御社の真剣度を重く捉えすぎる可能性があります。 3. 第三者(ミドルマン)経由: 銀行、証券会社、M&A仲介会社、ベンチャーキャピタルなどからの紹介を受けます。効率的な接触が可能ですが、進行にあたってはミドルマンに対する費用や契約が伴います。 ミドルマンの選定基準 同じ会社に複数のミドルマンからコンタクトが行く可能性があります。ミドルマンは一斉に声をかけるのではなく、希望する分野に強い会社から徐々に広げることが重要です。 ミドルマンとの関係性の構築 ミドルマンに積極的に動いてもらうには、明確な戦略と具体的な要件(領域、金額規模、時間軸)を示す必要 があります。曖昧な依頼では、御社の真剣さが疑われます。自分の人脈を紹介しても良いと思わせる、真剣さが必要です。 コンタクト内容の準備 どの方法でコンタクトを取るにせよ、以下の要素をしっかりと準備しておく必要があります。 会社の事業内容 出資や協業の意図 コンタクト窓口の情報 コンタクト時の確認内容の整理 特に複数人でコンタクトを取る場合、以下の情報は必ず確認するようチーム内でルール化します。 相手の氏名、役職、部署 相手の部署と出資意思決定との関係 出資受入の可能性 先方の事業内容(できれば定量的な情報) また、技術やサービスを持っている場合には、特許情報や技術内容などもこの段階で確認することが有用です。 フォローアップ 初回コンタクトが成功した後は、効果的なフォローアップが不可欠 です。以下にその具体的なステップと管理方法を示します。 1.即時の感謝のメール: 初回コンタクトが終わった直後に、参加者全員に感謝のメールを送る。これにより、

出資の基礎知識:その3|ロングリスト・ショートリストの作成

はじめに 前回、「 全体の流れ 」と「 出資戦略の作り方 」について解説しました。今回は、出資戦略の中でも特に重要なステップである「ロングリストとショートリストの作成」に焦点を当てます。このステップは、 一見すると単なる「作業」と見られがちですが、出資戦略の成功において非常に重要な要素が含まれています 。 ロングリストとは 重要性と目的 ロングリスト作成は確かに作業的な側面がありますが、このステップで出資戦略におけるギャップや不足が明確になります。 ロングリストの重要性はその網羅性にあり、情報量よりも多くの候補をリストアップすることが重視 されます。 情報の要素 私が推奨するロングリストに含めるべき基本的な情報は以下の通りです: 会社名 URL 会社が提供するサービス・商品の概要 上場/未上場 時価総額(上場の場合) 出資戦略に定めた選定基準に基づく評価 追加で、創立日や住所、財務情報、株主構成などを含める人もいますが、これらはショートリスト作成時に詳細に調査する方が効率的です。 ツールとテクニック 私はChat GPTのプラグインを活用して、各企業の要約を簡単にコピー&ペーストします。特に100社以上の企業をリストアップする場合、ショートリスト化する際に、再度各企業の情報を調べ直すのは時間の無駄です。ロングリストを見ただけで、ある程度企業概要がわかるようにしておきます。 評価スケールの設定 出資戦略に定めた選定基準に基づく評価は、◯、✕、△や10点満点など、任意の形式で良いです。 重要なのは、評価スケールとその意味を明確に記載しておくこと です。100社近くになると、評価する日もバラバラになります。そうすると、後になって「なんで、この会社△にしたんだっけ?」と悩むことが増えます。また、後々の上司説明にも役立ちます。 ショートリストの作成 選定プロセス ロングリストを元に、選定基準に基づいてショートリストを作成します。この過程で出資戦略に未考慮だった要素が明らかになることもあります。そのような場合、その要素を具体的に分析し、戦略に反映させることが重要です。 追加情報 ショートリストには、ロングリストの情報に加えて以下を追加します: 財務情報(分かる範囲で) コンタクト手法(どうやって、誰が、いつまでにコンタクトするか) 継続的な改善 リスト作成は一度きりでは

出資の基礎知識:その2|出資戦略の作り方

前回の投稿 では投資戦略全体の流れについて説明しました。今回は、その初めのステップである出資戦略の構築方法に焦点を当てます。このステップが非常に重要であるにもかかわらず、十分に重視している企業は少ないと感じます。 最低限押さえるべき項目 出資戦略の作成に関わる担当者であれば、以下の要素を最低限確認する必要があります。 なぜ出資するのか どこに出資するのか いくら出資するのか いつまでに出資するのか だれが出資するのか 1. なぜ出資するのか 出資以外にも企業価値を高める選択肢が存在します。例えば、社内投資で既存事業を強化する、新規事業を自ら立ち上げる、あるいは株主へ資本を還元する、といった選択肢があります。出資が選ばれる理由は通常、中期から長期の事業計画と密接に関連しています。それが売上、営業利益、ROCE(資本効率)などの目標達成の一つの手段となるため、事業計画との連携は不可欠です。 理論的には、出資は社内リソースだけで達成できない目標に対して行うべきです。しかし、実際に何が「社内で達成できない」かを証明することは非常に難しく、場合によっては他部署を批判する形にもなりかねません。従って、出資の理由としては「社内リソースでも可能かもしれないが、出資によって速度を上げられる」という程度の説明が現実的 です。 2. どこに出資するのか この部分は出資戦略の中でも特に重要です。明確な基準がなければ、後のフェーズで必ず手戻りが発生します。 既存事業の強化や新規事業の構築において、具体的な課題を明確にすることから始めます。例えば、既存事業の場合、販売数を増やす、ファネル通過速度を上げる、解約率を下げる、顧客単価を上げる、顧客獲得単価を下げるなどの具体的な目標が考えられます。一方、新規事業の場合は、新しい顧客基盤の構築、ブランドの認知度向上、市場の理解を深化させる、といったアプローチが必要になるでしょう。 出資先を選定する際、あなたの会社の強み・弱みを理解することが重要です。これには、経営企画部や営業部、開発部などの各部門との連携が不可欠です。 具体的には、それぞれの部門が現場で感じている課題やニーズを深堀りし、それを基に出資先候補にもとめるものを決めていきます 。 この過程を怠ると、社内の稟議プロセスで必要な支援や承認を得ることが難しくなるでしょう。また、出資後に期待したシナ

ベトナム教育界の深刻な課題:教員不足とその背後にある問題

 毎年8月はベトナムの教育界で一年間の成果と課題を振り返る時期です。この重要な時点で、首相が参加する形で教育訓練省が年次総会を開催し、教育界の核心的な課題を提起します。今年も8月18日に開催され、様々な問題が明示されましたが、特に注目すべきは「教員不足」という、根深くも重大な問題です。  データから見る教員不足の実態  2023年現在、ベトナム全体での教員数は約123万人。しかし、足りない教員は約11.8万人とされており、特に幼稚園の教員が5.2万人不足しています。この数値からも、教員不足の深刻さがうかがえます。 特に、ハノイ市とタインホワ省(北中部)では教員不足が喫緊の課題となっています。なぜ首都であり最大都市の一つであるハノイ市で教員が不足するのでしょうか。 教員不足の原因:資格と報酬のアンバランス  教員不足には多くの要因が考えられますが、一つの大きな要因は「教員資格の取得難易度と給与水準のアンバランス」です。ベトナムで教員になるためには、法律により特定の大学卒業が必須であり、これにはハノイ師範大学やホーチミン師範大学など、トップレベルの大学が含まれます。 一方で、新任の公立教員の平均月収は約500万ドン(約3万円)、経験豊富な教員でさえ月収1,100万ドン(約6.5万円)です。ITエンジニアの初任給が1,000ドル近くと比較すると、教員の給与水準の低さが明らかです。特に都市部では、他の就職機会と比べ教員は見劣りする傾向が強い状況です。 表1:2023年の教員平均月収(1ドン=0.6円換算) 学齢 平均月収(万円) 幼稚園 1.9〜5.7+35%手当 小学校 2.5〜7.3 中学校 2.1〜6.0 高校 2.1〜6.0 (参考)平均収入_全国 2.8 (参考)平均収入_都市部 3.6 副業:教員たちの必要悪 このような給与体系の中で、多くの教員は副業に手を出しています。中学や高校の教員は受験対策として塾の講師を務める場合も多く、副業による収入は多くの場合公的な収入を上回ります。しかし、幼稚園教師にはこのような選択肢が少なく、収入向上の道が限られています。  政府の対応と今後の展望  政府もこの問題に対処するため、教員資格取得の敷居を下げたり、特別手当を提供するといった方策を打ち出しています。具体的には、一部小学校教員については大学卒業要件を緩和したり、2023

出資の基礎知識:その1|全体のながれ

今回は出資(少額出資や買収など)の一連のながれをご説明します。出資には専門家がおおく関わるため、難しいイメージがあると思います。企業戦略、会計、税務、ファイナンス、法務、人事・労務、技術における専門要素が必要とされます。 本稿シリーズでは、 会社員を対象に、専門知識がなくても投資の基本的な流れ を説明します。 なお、上記分野それぞれを深く理解するのは無理です。投資分野に携わる人の中でも、1人ですべてをまわせる人は非常に限られると思います。 ステップ1|出資への意思と戦略の作成 まずは、出資したいという意思、もしくは出資してほしいという相談からスタートします。 会社のお金を使いますので、なぜつかうのかという説明が必要です。これが出資戦略になります。 ここで、 陥りやすい誤解が 「戦略を練ってから具体的な案件を探す」 という考え です。特に、出資担当者や中間管理職は注意してください。 皆さんの上司は、検討プロセスよりも結果を求めています。満を持した出資戦略を語るあなたの前で、意思決定者は「で?具体的には?」と考えています。 私は、出資を結婚に例えることがあります。出資戦略は、結婚でいう「理想の相手像」です。ご両親や友人に「私にはこんな人がベストだ!」と説明したときの反応を想像してみてください。 結果、 戦略資料は、戦略とその戦略を実現する具体的パートナー候補名が同時に記載されている必要があります 。この段階ではパートナーが付き合ってくれるか分からない、そのパートナーがベストかは重要ではありません。 重要なのは、その理想に合致する会社がこの世に存在しているという事実 です。 ステップ2|ロングリスト・ショートリストの作成 ロングリストとは、戦略に合致しそうな会社の一覧です。ショートリストとはその中から、戦略的に有望と思われる会社の一覧です。超絶ロングリストであなたの頑張りを見せたくなるかもしれませんが、 意思決定者はショートリストしか気にしません 。しかし、質の良いショートリストを作るためには、ロングリストが重要になります。 市場によって水準はことなりますが、概ねロングリストは1分野あたり50〜100社以上、ショートリストは20社以下のイメージです。日本企業や大企業だけに絞る場合は、もっと少なくなります。 ロングリストからショートリストに絞るなかで、ステップ1の戦略の粗さ