会社のため、とはなんぞ?

今日、ボスによる訓示のようなものがありました。

「昨今の競争環境をかんがみ、新しい事業の早期立ち上げが必須。会社のために新事業が必要なのだ。だから諸君も不平不満を言わず、俺についてこい!!」

的な感じです。表現や内容はちょっとデフォルメしてます。

今日、録画した「相棒」を見ました。子供が集団で誘拐される回なのですが、刑事が誘拐された子の両親に対して

「何か恨みをかうような覚えは?」

と聞くと、会社役員である父親が

「最近リストラを行いまして、恨んでいるやつもいるかもしれません」

と。

新規事業も、リストラも会社のため。

でも、「会社のためって」どういう意味なのでしょう。

高校球児がチームのために必死にプレーする姿には何か共感を覚えます。でも、数万人を超える会社で「会社のため」と言われると、歳をとったせいか「会社ってなんだ?」という素直な疑問がわき起こり、汗水流してプレーする前に醒めてしまいます。

ピッチャーが必死で投げて、1試合に150球以上投げて、5試合連投で、その大半が観客もまばら。でも、ピッチャーは「俺が頑張れば、チームを勝利に導ける!」と6試合目も奮起します。

仮に、10,000人の会社で必死で残業して、月に150時間残業して、5ヶ月連続で、その大半がサービス残業。そんな時に「俺が頑張れば、会社を一流に導ける!」と6ヶ月目も奮起しますか?

多分、リストラするほどの大企業になると、そこまで会社に一体感を感じてる人は少ないと思うのです。むしろ、給料(金)であったり、昇進(権限)であったり、上司に怒られる恐怖であったり、惰性であったり、そういう理由で会社に存在している人の方が多いと思うのです。

唯一、「会社のために」と言われ心が動くのは、他社に対し誇れる何かが会社に存在する時だと思います。自分が誇れるビジョンであったり、自分がワクワクする職場環境であったり、自分が子供に自慢できる商品であったり、そういったものがある時はじめて「この会社を守る為に」「この会社を皆にも知ってもらう為に」立ち上がれるのだと思うのです。

そうしたものを語らずして、「会社のために」と言われても、「それはなんぞ?」と思ってしまうのです。

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